ほんもんぶつりゅうしゅう

2015-04-01 08:55

如是我聞 4月の御奉公

  草木が芽吹く、清明(せいめい)各地で桜が咲きその桜前線
も北上し、
まもなく満開し春本番迎えます。
   新年度、新入学(進級)入社とそれぞれ新しい門出です。

希望とともに不安もある事と思いますが、皆さんの健康と活 躍を祈念します。

 さて、今月十九日(日)は、春の門祖聖人御開山会式が奉修されます。

祖聖人は、高祖日蓮大士ご入滅後より葯百年後の至徳二年(一三八五)十月

十四日越中国(富山県)射水郡浅井郷にご誕生。父君は桃井右馬頭尚義、母君

は益子。南北朝の争いで幼くして母の生別、十二才の時、遠成寺に入寺出家得度

叔父にあたられる日存、日道両聖人をたよって上洛、行学二道に励まれた。当時

日蓮門下にはすでに本迹一致の邪義を立てる者が多く、お祖師様の御本意は正し

く伝えられていなかった。門祖聖人はこうした状況の下に祖師の正義を宣明にさ

れた。今日、我々が祖師の御本意どおり「本門八品所顕上行所伝」の御題目を

持ちさせて頂けるのも日隆聖人のご功績によるお蔭である。聖人は近畿一円を

じめ北陸等に弘通の足跡を残され、京都本応寺(のちの本能寺)、尼崎本興寺等

多くのご弘通の拠点を創建されたのち、ご晩年は日蓮聖人の教学を三千余帖とい

われる大著述によって体系化づけられた。寛正五年(一四六四)二月二十五日、

八十歳をもってご遷化になった。日隆聖人は八品門流の祖ということから「門祖

」とお呼び申し上げる。
「釈尊の御使い、宗祖也。宗祖の御使門祖也。門祖の御使い、清風也。乃至門祖

 は宗門再興也。清風は隆門再興也」(御抄拝見・弐 扇全一一巻」