2021年10月01日

開導聖人御誕生地道場 誕生寺で創立百周年 開筵式を挙行

8月20日から4回目の緊急事態宣言下となった京都。開導聖人御誕生地道場・由緒寺院・誕生寺では、8月21、22日の両日に亘り、万全のコロナウイルス対策の中、「高祖日蓮大士ご降誕800年慶讃 創立百周年記念法要 新本堂建立開筵式」が奉修された。
誕生寺の沿革
明治24年(1981)9月、開導聖人のご生家である大路家が競売に出され、第3世講有日隨上人は8人の有力なご信者とともに私財を当てて、これを買い戻し御遺跡として保存に努められ、翌年2月より日隨上人は宥清寺より移住され、ここを拠点にご奉公される。
明治33年「御誕生地保存会」が発足。大正8年(1919)、日隨上人は四箇道場の改築を発願され誕生地道場の上棟式を執行し、翌年1月に改築成就。同年3月に御誕生地道場として公認され、日隨上人が初代住職に就任、「日扇聖人御誕生地教会所」と称される。同年12月12日、日隨上人ご遷化。
昭和3年(1928)11月、日隨上人の養子であり弟子でもある野原日海上人が第2世住職に就任。同17年、「日扇山誕生寺」と寺号公称。同22年3月、宗門が本門法華宗より独立、誕生寺は由緒寺院となる。同年5月26日、日海上人ご遷化。翌年、中山信瑩師が第3世に就任。同33年6月、岡居日相上人が住職代務に就任。
昭和36年5月、第4世に御牧日煌上人が就任。同39年、新本堂(2回目)建営ご有志を開始。同48年10月、新本堂が完成、11月に開堂式を、同50年に開筵式を奉修。同51年に野原信泓師を第五世に加歴。同53年1月、日煌上人がご遷化。10月に第6世として梶本日裔上人が就任される。
昭和62年12月、梶本日裔上人が佛立第19世御講有にご就任。平成3年、開導聖人百遠諱と創立70年記念法要を奉修。同24年10月、第7世として西村日要師が就任。同25年、3回目の本堂建立を目標に建営勧募を開始。同28年9月15日、新本堂が完成し、10月7日に入佛式、開堂式を執行。
令和元年11月10日、高祖会に併せ佛立第3世講有・当山開基日隨上人の百回御諱を奉修。同2年5月、コロナウイルス感染拡大のため開筵式を1年延期することを決定し、当日を迎えたもの。
新本堂の概要
この度の新本堂は、旧本堂の外観をそのままにリニューアル(建物を改装して一新)し、内装は全く新しくエレベーターを備えたバリアフリー仕様で、土足のまま参詣できる造りとなっている。
建物総工費は、2億1,348万円余りで、建営積立ご有志は6年間で1億1,661万円余り、全国各寺院からも協力いただいた瓦ご有志が760万円余り、御道具類のご有志が173万5千円で、建営に入る前からの積立金を足して借財することなく建営ご奉公が成就できたものである。
法要当日の盛儀
全世界に蔓延するコロナウイルス感染拡大のため、当初の開筵式の予定が二転、三転する中、しかも開筵式の前日に緊急事態宣言が発令された中であったが、絶対の感染予防対策を敷き、入口に検温と消毒の機材を配し、3密を避けソーシャルディスタンスのため、本堂内は座席1席分の間隔を開け、法要時間も1時間を目安に、記念品やご供養は全てお持ち帰りとし、法要後の宴席も止むを終えず割愛して奉修された。
また、全国の有縁の寺院から団参の申し込みをいただいたものの、代表だけの参詣をお願いし、当初は120名ほどの参詣を予定して座席が設けられたが、40席まで縮小して準備がなされた。
法要は、初日の8月21日の第1座は正午より宗務総長・小西日演師を、第2座は午後3時より大津佛立寺住職・小野山日住師を、翌22日の午前10時からの第3座は権大僧正・吹田宣法寺住職・石田日奥上人を奉修導師に営まれた。
そして、22日の午後1時からの第4座は、講有・髙須日良上人ご奉修の講有巡教の一座となり、お看経、奉賛歌「衆人は」斉唱の後、式典に入り、最初に弘通興隆費の下付、続いて本庁随伴の教育局長・髙須日因師の挨拶、開筵式奉賛局から小林利之局長の挨拶、そして当住・西村日要師の挨拶と続き、先の本山開導会で下付された追贈法号「清勲大居士」号の伝達(故・平田秀夫氏、平田幸男氏の拝受。故・松岡良造氏、松岡正氏の拝受)が行われた。
最後に講有上人から、師匠である長薫寺先々住の髙須日薫上人の得度式が執行されたお寺が誕生寺であると、その因縁をお話され、御訓示をくだされた。法要終了後は、奉修導師である講有上人を囲んで参詣者一同で記念撮影が行われた。
午後3時過ぎからの第5座は、西村日要住職の導師のもと奉修され、寺内ご信者とご奉公者が参詣され、2日間5座に亘る記念の法要を終えた。
2日間とも、日中は雨の予報だったが、時折り小雨がぱらつく程度で、残暑の時候であったが過ごしやすい天候のお計らいをいただいた。今回の2日間5座の法要では、教務37師(寺内4師を含む)、参詣ご信者は関東以西の31ヵ寺から103人、寺内224人の参詣とご奉公者で奉修された。
誕生寺の益々の隆昌発展、ご弘通ご奉公成就を祈念するものである。