2019年08月01日

海外弘通だより ~台湾編

令和元年11月、佛立第26世御講有・髙須日良上人にお出ましをいただき、第10支庁の教講の随伴をいただいて台湾教区への御巡教が予定されています。台北佛立寺で高祖会をご親修いただき、その後は各地で日本人物故者慰霊祭をご唱導いただきます。
6月中旬、本年のご巡教を千載一遇の機会と捉え、今後の台湾教区のご弘通発展を期して「烏山頭ダム」への表敬訪問とご回向の一座奉修を実現すべく現地視察を行いました。烏山頭(うさんとう)ダムは「台湾で最も尊敬される日本人」として知られる八田(はった)與(よ)一(いち)氏によって建設され、別名「八田ダム」とも呼ばれています。
日本統治時代の1918年(大正7年)、八田氏は台湾南部の調査を行い、洪水と干ばつ、塩害に苦しんでいた嘉南平原15万ヘクタールの荒野に住む60万人の農民を救うため巨大なダムと灌漑建設を立案、国会の承認を得て1920年に着工、1930年(昭和5年)の完成に至るまで工事を指揮しました。彼は10年の歳月をかけて世界最大のダムを建設し、荒地を穀倉地帯に変貌させて地域住民の生活を一変させました。
また、八田氏は日本人と台湾人を差別することなく「よい仕事は安心して働ける環境から生まれる」という考えから作業員の家族を一緒に住まわせ、宿舎のまわりには学校や病院、テニスコート、プールなどの福利厚生施設も建設。自身は陸軍の命令でフィリピンに向かう途中、乗船していた船が撃沈され殉死。戦後、妻の外代樹(とよき)は失意の中で烏山頭ダムの放水口に身を投げ、夫の後を追いました。
現在でも台南市の小・中学校では八田技師の業績を教えることが義務づけられており、教科書に「郷土を助けてくれた人 八田與一」の項を設け「現在私たちが蛇口をひねったらすぐに水が使えるのも、豊富な米を食べられるのも、すべて烏山頭ダムの設計者・八田與一のおかげなのです」と「飲水思源」の心を教えています。
このように八田與一氏は台湾国内で大きな尊敬を集めており、毎年5月8日の命日には烏山頭ダムの墓碑の前で慰霊祭が行われています。数多くの出版物や映画・ドラマがあり、映画『KANO1931 海の向こうの甲子園』では俳優の大沢たかお氏が八田氏役を演じました。
実は、この八田與一氏の直孫・八田修一氏は、本山宥清寺有数の信徒であった山西始人(元事務局長)と田中伊三郎(事務局次長・宥清寺ボーイスカウト創設者の一人)の直孫・弥生姉と結婚され、ご自身も熱心な佛立信徒となっておられます。
本門佛立宗は数ある仏教団体の中で昭和45年から約半世紀もの間、日本人物故者慰霊のご奉公を続けてきており、そのご回向の功徳が「台湾で最も尊敬される日本人」である八田與一氏やそのご遺族の方々と御縁を結んでくださったようにも思えます。まさに妙不可思議なご因縁、ご利益に心から感激いたします。
その八田修一さんご本人と台湾日本人会理事・石川県観光親善大使・財團法人 紀念八田與一文化藝術基金會 董事の徳光重人氏にご同行いただき、嘉南農田水利会の楊明風会長の絶大なご協力を得てご巡教の視察を行いました。各団体はご講有のお出ましを心から歓迎し、それぞれ協力を申し出てくださいました。
視察を通じて、八田與一氏と妻の外代樹夫人が台湾の人びとからどれだけ敬われているか痛感しました。本年のご巡教では御講有上人に烏山頭水庫風景区までお出ましいただき、夫妻の遺骨が納められた墓碑の前で一座のご回向、殉工碑や放水口、八田技師紀念室、八田與一紀念公園区もご覧いただきたいと考えております。
様々な御縁をいただきながら、御講有巡教を勝縁に台湾教区のご弘通が大きく進展することを念願しております。