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佛立のみおしえ

御有志(ごゆうし)

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 法華経の御宝前(ごほうぜん)(仏)に供える金銭等を、本門佛(ほんもんぶつ)立宗(りゅうしゅう)では「御有志(ごゆうし)」といいます。

一般的には、神社、仏閣へ供えることは「寄付」と言っています。

有志(○○)」という言葉を広辞苑で見ますと「ある事柄についての関心やそれに関係する意志を持っていること」とあります。

 具体的な例を一つあげますと、高杉晋作の()兵隊(へいたい)は、町民・農民の志願兵として有名です。その奇兵隊は、別名「有志隊」とも呼ばれていました。この言葉が一般の人にも使用されるようになり、幕末期の流行語の一つになったわけです。

 本門佛立宗をお開きになった長松(ながまつ)日扇(にっせん)聖人(しょうにん)(かい)(どう)聖人(しょうにん))は、寄付を「御有志」という言葉に改め、信行用語の一つにされました。その理由は、「寄付」ならば、仏に「私がしてあげる」という我意(がい)がふくまれ、仏より人間が上位になる恐れがあるからです。「信仰」とは、書いて字の如く、信じ(あお)ぐわけです。仏への金銭等の供える心は、「してやる」ではなく「させて頂く」というへり下った心となるもの。「御有志」は、その意味で、「志がある」「ご信心がある」という金銭を供えるのよいという立場から、言葉一つとはいえ、世の慣習的ないい方を改良されて「御有志」となったわけです。形は金銭でも、実の内容は「信心」を供えるのが「御有志」というわけです。

 当宗では、本山御宝前や地方の所属寺院の御宝前に各人が御有志します。お寺の建設やお墓の門、僧侶の学校等、当時、開導聖人やお弟子が発起人となり、ご信者も共に御有志されています。その意味で、僧も信者も一緒になり、共に御有志をするのが当宗の特徴の一つになっています。

 当宗のA寺に所属する信者の息子さんと結婚することになった女性がいます。その話を女性の友だちに話しますと、「変な新興宗教なのでは?」とか、「高額の塔を売りつけるのに似た宗教団体ではないか?」と言われました。その女性は、「それは絶対にない」と断言しました。友らは、なぜいいきれるかと問いますと、結婚相手の両親を見ていると、仲がよい、いつも明るい家庭だとわかった。その息子さんのところに行くのだから何も心配していないといって納得して頂いたとのこと・・・。

 世の中でお金がないのは、病気と同じくつらい。ですから「健・金・和」の三つがある人を世間で果報者(かほうもの)というわけです。B寺に所属するYさんは、五十才で入信、八十才臨終されましたが、一代で立派な料亭を作られました。健・金・和の三つともない人でした。人をうらみました。信仰も多くしました。縁あってB寺の御住職から、「うらみをもっても自由にはなりませんよ」と御題目による罪ほろぼしの道を学びました。己来(いらい)よろこびの人となり、(とく)が高まり人が集り、御有志が大いに出来る人となりました。

 

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石川日翠

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