事行山録 平成28年2月

 私にとって今年の一月は、八十二才を迎えて、日時進行型暦によるに日々が始まりました。私ごとが先に出てすみませんが、昨年は大変繁多な一年でした。ご承知の通り、納骨堂新規建立のご奉公第一歩が踏み出されました。本山に於ての権大僧正叙任式行事があり、地元では二つの記念祝賀会の開催等もこなしました。其の上、弟弟子安勇師の帰寂にもあって仕舞いました。この動きに御信者の皆さんにも沢山関わっていただきましたので、随分お忙しい思いをおかけ致しました事にお礼申し上げます。
 其のほか細かい事がどんどん出てきて忙しい一年であったと言えましょう。但し、今の所は「忙しい日々」は張り合いがある
という自分の気持ちですから、葬式を除いて「好き日々の連続」という気持ちではありました。心の持ち様で、事の受とめ方は
随分異なるものです。
 さて毎日を忙しく暮らしていますと、一日の過ぎる早さに驚くのですが、こんな調子だと、後のこり少ない私の人生はワイワイ、ガヤガヤで、あっという間に「人生幕引」と言う事になりそうだとつくづく考えて仕舞います。一寸先は闇の世の中であればなおさらです。
  こんな事を考えていたらフッと思った事がありました。正月に今年の暮らし方企画を色々一月から立ててみましたが、これを
反対に十二月からにしたらどんな具合になるだろうかと。一年の事ですが中々大変だと言う事がわかりました。色々手を抜いてみても、時間の足りなさには驚きました。しかし「こんな速さで時を失うのか」の思いは深いものがありました。自分一人でもこのような感慨だとすると、回りの人にも厳しい対応になるので相手があったらどうなるのかと思うと、高齢の自分には「厳しい」と言う思いが深まりました。
 自分が男性の平均年齢まで、後四年ほどの時間をどの様に使いたいか、告別式を八十六才の誕生日として人生を逆に考えてみ
ましたが、全く時間のなさに、これまた驚きましたし、少し甘く与えてみての企画でも、平成二十八年初めにすぐ戻って仕舞い
ました。人生何と行う事の多い事よと思いますし、人生其の時間は何と短い事よとも反射的に思います。それ故に「生生世世」
を思い、生きると言う事になるのだと思います。完成は中々あるものではないのだと考えて生きる事が大切なのでしょう。私は
次の言葉が好きです。
 「おまえをうまいと言う人があったら、その人を仇と思え。芸人は死ぬ迄の稽古だ」江戸時代の円朝が弟子にいったそうであるけれど、芸完成までの時間はどうも長くは与えられてはいない事を良く私たちも、知らなければならないのでしょう。
開導日扇聖人は御教歌に
 これでわれ よしと思えば おこたらん
     信はわするる まなくすすめよ
 今度目に 裟婆に来た時 又申す
      法門無尽 誓願知
 とお示しですが、前からでも後ろからでも、良く考えて、ご奉公をしつかりさせて頂くという事は厳しい事です。「老少不
定」ですから。

信厚寺管理者 [事行山録] 2016-02-07 10:14:00

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