ほんもんぶつりゅうしゅう

2020-06-18 11:00

6月18日の隆宣寺日記

私達の肉体には先祖代々受け継がれてきたDNAが組み込まれています。そして私達の魂には、これまでに何度も生まれ変わってきた間に、やったこと・言ったこと・思ったこと、その全てが刻み込まれています。つまり、命が終わったからといって全てが消えて無くなることはないのです。いわば、私達は「0」(ゼロ)から生まれたのではなく、それぞれに色んなものを背負って生まれてきたということ。そして、それらが私達の人生を大きく左右しています。
 
「寿命」もまた、その影響を受けるものの1つです。受け継いだDNAによっても、魂に刻みこまれた前世の記録によっても「寿命」は大いに違ってきます。もちろん、私達の生き方によって「寿命」は刻一刻と変化するものです。いわば先天的な「寿命」もあれば、後天的な「寿命」もあるということ。折角、長生きの素質を持って生まれたとしても、短命になる生き方もあれば、短命の運命を背負って生まれたとしても、長生きできる生き方もあります。そう思えば「どう生きるか?」が私達の《命》にとって最も大切なことなのです。
 
生きていれば病気をしたり、ケガをしたり、心を痛めたり、悩み事を抱えたり色々あります。そんな時、自分の寿命を運任せ、人任せ、○○任せにするのは勿体ないことです。その一方で、人生が順風満帆、意気揚々、何も問題がなければ、自分の《命》を大切することを意識して生きることを忘れがちになります。「まだまだ若いし、元気だし大丈夫」「たとえ何かあったとしても何とかなる」そんな風にして、知らない間に寿命を削るような生き方をしていることだってあります。これもまた勿体ないことです。
 
どんな時でも《命》を大切にする生き方ができるように。少しでも長生きができて、世のため人のために生きられるように。ぜひ、仏様の教えと共に生きていきましょう♪
 
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