2017年06月01日

東日本大震災 被災地管見記① 知られざる茨城県の悲惨な状況 本紙編集長 橋口 清遠

平成23年3月11日発生の東日本大震災から丸6年が経過し、殉難者の7回忌慰霊法要等が被災地を中心に全国各地で奉修され、国民一同に震災への思いを新たにした3月。
かねてより懐いていた被災地の現状、殊には福島第一原発事故による放射能汚染区域の遅々として復興が進んでない状況を、自分自身の目で確かめ伝えねばとの思いを実現すべく、私は編集員の大橋信成師(堺・安国寺所属)と共に、各種法要やイベントの落ち着いた3月末に被災地を訪れた。
今回、ご一緒いただいたのは私が京都の佛立教育専門学校で同級生であった、知る人ぞ知る秋山現信師。現在、茨城県水戸市開運寺と福島県いわき市妙運寺の住職であるが、この度の大震災では両寺院とも甚大な被害を被っている。
しかも、開運寺は本堂や庫裏・塀などの建物の被害、妙運寺は放射能汚染による被害が甚大で、言い方は悪いが両方の被害状況を見ることができる、ナビゲーター役を務めてもらうのには、うってつけである。
 
水戸・開運寺へ

今回は、まず水戸の開運寺を訪れた。JR水戸駅を降り、ワゴン車で迎えに来てくれていた現信師の車に乗り込み開運寺へ。10分足らずの道のりであったが、途中、建っているビルや家屋の多くが要建替えで、現在は解体を待っている状態だという現信師からの話。そう言えば、あのビルも、この建物も、よく見ると傾いているではないか…道も微妙にでこぼこしているではないか…
そのような中、開運寺に到着。震災直後、開運寺では本堂の横壁も多数崩落、庫裏は全壊指定、ブロック塀もほとんどが傾いてしまったと聞いている。確かに3月11日の本震では宮城県栗原市が最大の震度7を観測したが、その次の震度6強を観測したのは宮城県・福島県・茨城県・栃木県の4県のみで、開運寺のある水戸市も震度5弱、その直後の余震では5強を観測している。それはそれはひどい状況であったことだろう。
しかも茨城県はその後も大きな地震が発生し、特に昨年末12月28日には、東日本大震災の余震とみられる震度6弱を観測。開運寺も昨日ようやく塀の撤去作業が終わったということであるが、こうも余震が続くと予定も立てられないというのが現実のようである。
実際、本堂内は一見、何事もないような感じだが、よく見ると柱全体が傾いていたり、横壁が剥離していたり、かなり悲惨な状態であった。「みんな岩手や宮城や福島ばかりを心配するけれど、本当に大変なのは茨城なんだよ!」と言う現信師の言葉も、もっともかなと納得したのであった。
やはり、実際の街の様子、お寺の様子を目の当たりにしてこそ、気付くこと、理解すること、納得することができる、と改めて認識を新たにした。頭で分かっているつもりではダメなのだ。
ところが、そんな甘い認識など吹っ飛んだのが、翌日訪れた福島の悲惨な現状であった。                           (つづく)