2017年04月01日

海外弘通だより~ブラジル編 私が得度に至るまでの経過① 日教寺所属 吉川妙養

昨2016年12月4日、ブラジル中央寺院・日教寺において、ブラジル教区長・高崎日現師の導師・師匠のもと、吉川妙養師の得度式が行われた。妙養師はブラジル佛立宗史上3人目の尼僧で師に得度に至るまでの心境や体験を英語で綴っていただき、妙深寺で翻訳いただいた。( )の部分は補足だが、今月から数回にわたり掲載する。

ありがとうございます。
私の名前は吉川妙養と申します。私は仏教(佛立宗)の尼僧であり、高崎日現上人の弟子でブラジルのサンパウロ日教寺のお手伝いをしております。
私の生家は仏教徒ではありませんでしたが、それでも私は人生の中で数えきれないほどのご利益をいただいてきました。もちろん、世間的な見方をすれば、悪い時もあったではないかと言われることでしょう。ですが、私はそのようには見ておりません。
今では夫であるリカルド・吉川に初めて会った時、彼から「いつか真剣な関係になったら、必ず仏教徒(佛立宗の信者)になってほしい。僕は他の宗教で子供たちを育てるつもりはないんだ」と言われました。それで、しぶしぶながらでしたが、私は日教寺にお参りするようになりました。
私の義理の母は、日教寺でいつも精力的にご奉公しておりました。義母のもとで、私はご奉公の仕方を学びましたが、完全には教えを受け入れておりませんでした。ご信心上のことに無知であったために、教えの上で理解できないことがたくさんあったのです。
ですが、それらの疑問を、私はご信心を理解する上で必須のものだと考えていました。「なぜ同じこと(南無妙法蓮華経)を繰り返し唱え続けるのか? 法華経とはなんなのか? 誰が法華経を実際にみ仏がお説きになったと保証してくれているのか? 日蓮聖人のことばかりを教わるが、なぜ自分のことを仏教徒ではなく日蓮教徒だと考えないのか?
なぜ(ブラジルでは)だれもわからないのに、勤行を日本語でつとめるのか? 亡くなった人は匂いをかぐこともないのに、どうしてお香をお供えするのか? 亡くなった人は食事をしないのに、どうして食べものをお供えするのか?」
それらの疑問に対して私がもらえた答えは「御題目をお唱えしなさい、そうすればわかる!」ということだけでした。それはカトリックの人間にとっては、とてもわかりにくい考え方でした。私は不満でした。
そのようにして、数年がたちました。2010年に結婚してからも、私はただ、言われるからという理由だけで、日教寺へのお参りを続けていました。
    (つづく)