ほんもんぶつりゅうしゅう
2014年10月01日
スリランカ青年信徒が来日、研修に励む
スリランカは2000年以上続く伝統的な仏教国として知られています。昨年11月には木村宗務総長が渡航され、各地で開教15周年記念法要が奉修されました。福岡日雙導師のご指導の下、この15周年を前にコロンボの親会場の一つが妙深寺コロンボ別院となり、新たな法城護持とご弘通ご奉公が始まりました。

 そしてこの夏、今後10年、20年、30年後のご弘通を担う菩薩を育てるためにスリランカ青年会の中心メンバー13名を招待し、日本各地で研修ご奉公をさせていただきました。内容は、本山宥清寺や渋谷乗泉寺へのお参詣、広島や陸前高田でのご奉公、鎌倉や千葉でお祖師さまの御遺蹟巡りなどです。

 特に今回の研修旅行では、京都佛立ミュージアムで進められている来年の企画展「戦争と平和と仏教展(仮)」の取材として広島を訪れました。スリランカと日本には忘れてはならない歴史的なエピソードがあります。第2次世界大戦後、1951年に開催されたサンフランシスコ講和会議で、セイロン(当時のスリランカ)代表としてジュニウス・リチャード・ジャヤワルダナ蔵相(後に大統領)が出席し、日本に対する戦後の賠償について『憎しみは憎しみによって休息を得ることはない。慈愛によって休息を得る』というみ仏の教えを引用、日本に対する賠償請求権の放棄を促し、日本の国際社会復帰を求め、戦後日本の復帰の道筋を作ったのです。来年は終戦から70年、日本も世界も大きな節目を迎えています。こうした歴史的事実と仏教国スリランカでのご弘通を重ねることにより、戦争と平和を考えました。

 8月5日、広島佛立寺御住職・権大僧正・伊田日雄上人よりスリランカ青年信徒のためにご自身の体験を踏まえた壮絶な原爆投下の様子をご講演いただきました。原爆によって焼けただれた石を見せていただき、原爆投下直後の病院の悲惨な状況などを聴き、戦争がいかに愚かなことか、子どもたちを含めどれほど多くの人が苦しみ、今なお苦しんでいるか、平和がどれだけ尊いことか、お教えいただきました。
「戦争は『どんなことをしてでも相手をやっつけてやる』という気持ちが起こってしまうから恐ろしい」
「平和とは『絶対に守る』という努力がなければ守れない」
との確信に満ちた、強いメッセージをいただきました。

 その後、広島平和記念資料館を訪れ、様々な写真や映像、焼けて穴だらけの衣服などの資料を見て、スリランカの青年たちも言葉を失いました。夜には広隆寺へお参詣させていただき、交流会が催されました。深夜まで1人ひとりにインタビュー撮影をし、そのまま広隆寺に泊めていただいて翌朝を迎えました。

 8月6日は1971年以来、43年ぶりの雨の中の平和記念式典となりました。スリランカの女性信徒は正装のサリーを纏い、式典に臨みました。広島市長をはじめ、安倍首相、国連事務総長のスピーチに耳を傾け、伊田御導師のお言葉を胸に平和への祈りを捧げ、戦没者へのご回向をさせていただきました。米国のケネディ在日大使も参列していました。

 朝日新聞から取材依頼があり、スリランカの佛立青年信徒が平和記念式典に出席したことが大きく取り上げられました。翌日の記事には写真つきでディリーパ良潤師のコメントが掲載されました。
その後、広島から岩手県陸前高田へ移動し、被災地支援活動に参加をするなど、まさに日本を駆け巡ってご奉公いただきました。

 「佛立信心とは平和そのもの」という伊田御導師のお言葉を胸に、ご信心とご弘通による平和を学びました。スリランカのご弘通が、また日本や世界の平和に貢献するものである、と信じます。スリランカ青年信徒の団参を通じて、世界の恒久平和に向けた意義ある一歩を踏み出すことができました。

(横浜・妙深寺 兼子清顕 記)