ほんもんぶつりゅうしゅう
2019年06月06日
つづれおり新聞 「よろこびおすそわけ!」道北布教区編 Vol2

西川義男(北海道・千歳寺)

 

ありがとうございます。私の入信は、昭和4 5 年旭川寺で教化親は家内の親となってお

ります。と申しますのも家内の親が本門仏立宗のご信者であったことは、結婚する前から

分かっておりましたので、私は「出来ない」、「やらない」と反発をしており、自分から

入信することはありませんでした。当初はお義理で名前ばかりのご信者でした。

私は転勤の多いサラリーマンでしたので、ほとんど家にいることがありません。家内も

御講参詣やお助行にいくことはあったのですが、それほど熱心なご信者ではありませんで

した。その後、仕事も家庭も順調で昭和4 7 年恵庭に家を建て、家内の親と同居すること

になりました。しかし、御法様のお叱りではないかと思えることが起こりました。昭和5

0 年1 1 月同作業場で他社作業員の死亡事故が発生しました。

昭和5 1 年5 月家内の体調が優れず入院手術をしましたが、原因がわからず再手術と診

断され、体調が回復するまで自宅で療養しておりました。

丁度その頃、お義母さんの友人で、札幌信廣寺のご信者さんお二人がお助行にいらっし

ゃいました。家内の病気を知り、「原因がわからないのであれば、東京に良い病院がある

のでご紹介します」と教えていただきました。早速、紹介していただいた病院で検査をし

たところ、5 つの癌が見つかりました。

私は気持ちが落ち込みましたが、家内は平然としておりました。お医者さんからも「こ

の病気は時間が掛かりますが(20年~25年)、必ず治るから大丈夫だ」と言われまし

た。ただ、二人とも頑張らなきゃとも言われました。

体調は良くなったり、悪くなったりの繰り返しでしたが、その後2 0 年の月日が過ぎた

ころ、癌が消えておりました。今は完治しております。

それもこれも、家内の両親のご信心からいただいた御利益だと感じております。

平成4 年のお義母さん、平成1 1 年にお義父さんが帰寂されました、お二人とも大変素

晴らしい臨終の姿で、今でも随喜させていただいております。

その後、私自身もご信心の有り難さがわかり始めて、現在では毎日の朝参詣、他寺院の

お会式にもお参詣させていただくようになりました。

その間、息子2 人も無事に3 代目として法灯相続が出来ました。孫も仕事ができるよう

になったら、しっかりと4 代目としてご信心を相続すると申しておりますので、今から期

待しております。

私たちは、両親の背中と御利益を見て、ご信心を学び今日があります。子供たちにも孫

たちにも私たちの背中を見せてご信心を伝えていけるように、引き続き法灯相続をご祈願

させていただきます。合掌