ほんもんぶつりゅうしゅう
2015年09月25日
渡邊峯造さん(大阪・清現寺信徒)昭和7年(1932)生〔終戦時 13歳〕

『御尊像を焚き上げたのが頭にこびりついて、忘れようとしても忘れられない』

小学5年生の頃から佛立開拓団として満州で生活。ご信心も厳しくしっかりと指導され、のびのびと不自由のないくらしができていた。中学2年の夏、周りが騒がしくなり、敗戦を知った大人達は、慣れ親しんだ生活の場を離れることを決める。身につけられるものくらいしか運べない状況で、御戒壇と御尊像をどうさせていただくか―両親は、涙を流しながら身を引き裂かれる想いで「お焚き上げ」という苦渋の決断を下した。その後、ソ連兵の捕虜にもなり、遺体運びの仕事をさせられるなど、悲惨な光景を目の当たりする。それでも、生きて帰ってこられたことが御利益だと、ご信心の有難さ、法灯相続の大切さをお話しいただいた。