心とは

 御教歌
 顔かたち生れつきなら仕方なし
         心は清くなさばなりなん
 家は綺麗にすまいして、心は大いにきたなしと人のいうのを聞いて、この御教歌をお示し下されております。
 そこで、心と身体と較べるといろいろ相違があります。
 心には、形がない、色がない、匂いがない、触れられない、物体でない、自由自在に飛んでゆかれるのに対し身体には、形がある、色がある、匂いがある、触れる事ができる、物体である、動きに制約をうける、というように心と身体とは対照的に異なり特に心は変化が激しいです。人の心はサイコロの目のようで縁により一つだけ出て、三つも四つも同時には出ません。貪欲の心が起こればその他の心はそれに従い、佛界や菩薩界が出ればそれに従います。
 むさぼりの心がおこりますと餓鬼の世界、これで良いという満足することはありません。物は分け与えれば余ることもありますが、奪い合えば足りなくなります。「思うこと一つ叶えばまた一つ、三つ四つ五つむづかひいかな」、といいまして、これで足りることはないです。
 「すでに人をたすけんと思うは菩薩也。妙法を唱え奉りて余念なきは佛なり」
 お互い私たちは、佛立菩薩の心をもって ”他人の受苦を悲しんで化他の本と為す”という菩薩行に徹しきること。前を向いて進みつづける歩くのを忘れて進歩はありません。今日一日は残された人生の最初の日だと思って、毎日を大切に輝いて生きましょう。失ったものを数えるより残ったものを生かすこと。過去のいやなことを忘れるということも大事な能力です。
 「一生を一日とおもひてけふ限りと如説修行をする也」
 わが一生は今日限りと思って信行に打ち込むこと。そのうちそのうちと躊躇(ぐずぐずとためらう)していると、時間だけが足早に過ぎ去りますから、思い切ったら吉日、決定心が大事です。
 明るく、楽しく、前向き、その上、たえず微笑をたやさないこと。幸せだから笑うのではなく、笑うから幸せになれるのです。動物のなかで笑うことができるのは人間だけだといわれます。失敗を笑いにできる人は強いです。失敗のない人生も失敗、所詮、生きていくことは失敗の連続かも知れませんが、そのなかでも笑いが大切。笑う門には福来る。幸せは笑いの向こう側に必ずありますので、特に辛いときには笑いをさがしましょう。
 ところで功をあせってはいけません。御計らいをいただく為には、不断の努力の積み重ねが大切。あきずに、こりずに、続ける。努力はあらゆることの万能薬。イソップには「金の卵」という寓話があります。
 毎日一個ずつ「金の卵」を生む「鵞鳥」をもつ強欲な主人は「鵞鳥」の中にはさぞかしたくさんの金の卵があるに違いないと思い、一度に手に入れようと腹をさいた所、金の卵がなく、結局、全てを失ったという話です。急いでは事をし損じます。あせって物事をやると失敗することがあります。おちついて前後左右を見、時には石橋をたたいてわたったり戻ったりすることも大事。
「人の心はサイの目の如し。一が出れば余の目は其一に従ふ。六が出れば其余は六に従う也。貪欲の餓鬼界起れば余の九界はガキに従う。たとひ佛界菩薩界たりとも餓鬼界の所見也。ガキは貪也。」
              小澤 清道(御導師)
 

妙唱寺管理者 [妙唱寺だより] 2015-10-08 16:15:00

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